隠れ家(仮)

足らぬ足らぬは工夫が足らぬ

靖国神社

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今では戦争経験者がほとんどいなくなって、もはやネット右翼自民党しか頼りが無いという悲しい状況なのかも知れません。『教育勅語』などを持ち出し、頭の中だけでは戦前に回帰しそうな方々もいますし、彼らが目指すところは天皇を御輿に担いだ「国家神道」といったところでしょう。

 

ところがその中枢を担うとされる天皇陛下靖国神社に全く興味がありません。さて、この際にネット右翼は「天皇陛下」と「靖国神社」のいずれかに付くかといえば、もちろん「靖国神社」の方でしょう。ここにパラドックスが生じます。「反天皇」を憎むプレイをしていた右派自らが「反天皇」に反転してしまうわけですよ。したがって彼らの勢いは天皇陛下の無関心によって相殺され、歯切れが悪くなるでしょう。

 

もちろん「国家神道」なんて妄想の産物で、戦前の亡霊を復活させるようなものです。現代社からしても、其奴らから命令されたりビンタされる日々なんて毛頭ごめんです。やはり靖国神社は私設の宗教団体として細々とやっていくしか無いでしょう。「信教の自由」はありますので「潰せ」という一部左派の意見からも守られます。

 

だいたいどの宗教にも荒唐無稽な「国家観」「世界観」みたいなものが崇拝対象としてあり、それらはそれぞれ現代社会で受け入れられないものですが、「君たちがそう思うならそれもよかろう」とその崇拝は認められています。だから靖国神社だけNOだという一部左派の意見もやはり疑問です。私設だから信教の自由を守られて信じたい者だけでちんぷんかんぷんな「国家観」「世界観」を勝手に拝む、でいいのではないか。いわば放置プレイ。社会が強制しないかわりに、社会も彼らを強制しない。考え方として宗教法人も経営会社みたいなものです。この資本主義経済の中で経営手腕が彼らにも問われるわけですよ。

 

で、私設の宗教法人の方が楽だと思いますけどね。企業と見る場合、その経営は経営者や株主、社員以外にタッチできないので好き勝手にできる。「・・の科学」みたいに他人の名前を使ってやり放題も確かに迷惑ですけど、国家とは別に独立した宗教法人だから「タワゴト」で済んでいるわけで。